
【未来ストーリー】
というタイトルで、今後やっていく事業(夢)をブログ形式で語る場です。が!!
数年前にHPを更新してから、ここにUPする間もなく形になってしまっているものが多々ありますが
やはり、文章化することにより現実に近付くと思うので、事後報告の部分もあったりするのですが
徒然なるままに描かせて頂こうと思います。
【はじめに】
SOYLcafe店主を務めさせていただいておりますオットソイルこと店主コバヤシでございます。
徒然なるままに書き綴っていくので、誤字脱字や突っ込みどころも多いかと思いますが、温かい目で見守ってくださいませ。(学生時代、作文はあまり得意ではなく、読書感想文もあらすじあとがきを抜粋してというかほぼ転載w して先生に怒られた記憶があります。)
さていきなり、タイトルが【自分の人生をコントロールする『なりわいづくり』プロジェクト】
そして、焼き芋屋の画像が出てきて、『なんのこっちゃ』なのですが。
【キッチンカーをはじめて】
SOYLcafeを始めるにあたり知識・経験ともにほぼゼロからスタートしたわけですが
(詳しいSOYLcafe誕生ストーリーは、また別で書いていきます)
脱サラして、自分で事業を起こしたことで勤務時間を自分でコントロールできるようになりました。
まあ、個人事業主になったということだけなんですが。
キッチンカーで営業していると、『いいなあ。自由で。』『私もいつかやりたいなあ』と言われることが多いです。そして、自分もキッチンカーやっている方たちをみて憧れて始めましたというところもありました。
そんなキッチンカーを続けていくうちに、『自分も始めたいけどどうしたらいいの?』『車はどこで用意するの?』『出店場所は?』『いくらぐらい儲かるの?』と色々聞かれることが多くなりました。
とある自治体での起業セミナーに講師として招かれてお話しした経験もあります。
その中で、『あのセミナーに参加して自分もキッチンカー始めました!』という方もいられて自分の経験が誰かの為になったことがとてもうれしかったです。
キッチンカーを始めた時は、新潟県内では、まだ今ほどキッチンカーは多くなかったです。
キッチンカーを作るところから始める人が多い中、私も自分の過去に培ったものづくりの技術で
キッチンカーを自作しました。そして商材となるカレーライスの研究もしながら、販売していくのですが、最初から順風満帆ではなかったのは事実です。トライ&エラーの連続で、今のスタイルになっています。
【壺焼き芋専門店 マサラ笑店】
話は変わり焼き芋屋です。
最初に出てきた画像は、SOYLcafeが運営する『まなびば的たまりば マサラ樂縁』のガレージを改装した
壺焼き芋専門店の『マサラ笑店』の画像です。
なんと、このお店2週間ほどのDIYで作りました。
もともとは、友人の軽トラックを停めといたどこの家にもありそうな単なる車庫(英語でいったらガレージですが)そう。ただの車庫です。
コロナ騒動の中、なんとなく、食品の値段が上がりそうだな?
米の値段も上がって今までみたいに余るほど食べれなくなるかも。
な~んとなくですが、そんな不安(予感)がよぎり
自給の為の稲作と並行して、いざというときの為に、さつまいもを植え始めたのがきっかけです。
なぜ、さつまいもなのか。それは先の大戦中に大勢の方が戦って命を落としました。
ですが、その数をはるかに上回る方が、餓死や栄養不足で命を落としたといいます。
そんな中、痩せた土地でも育ち多収穫だったさつまいもを食べて飢えをしのいだと聞きます。
私の祖父母も、芋を食べて生き延びたと言っておりました。
『米の値段が上がっても、さすがに食べるものは無くならないだろう?』
そんな意見もあります。
しかしながら我々が暮らすこの国の食糧の半分以上が輸入に頼っております。
カロリーベースで38%(消費する熱量の約6割が海外依存)です。
そして、農薬・化学肥料においてはその原材料の自給率はほぼ0%
つまり、輸入が止まってしまえば現代の農薬化学肥料をつかった農業は全て停止する事になります。
や。。や。。。やばくないっすか?ですよね?
で、これが本当にやばいのは、その事実を知っていてなかなか持続可能な農法にシフトできない構造にあります。(また機会があったら書きますが)
まあ、ともあれ転ばぬ先の杖としてさつまいもを植えました。飢えないために。
でどうなったか。食糧は無くなりませんでした。
いつものようにスーパーに食材が並び、いつもと変わらぬ日常でした。
ただ変わったのは、価格。やはり予感していた米の値段が上がり続け
30kg9000円もしなかった慣行農法のお米が30kgで30000円。異常です。
で、芋が残ったわけです。
しかも収穫するまで知らなかったのですが、さつまいもは寒さに弱いので
10℃を下回ると腐りはじめる。
焦りました。
壺焼き芋屋をしていた友人のすすめで自分も焼き芋屋を始めることにしました。
『焼き芋屋がやりたい!!』というきっかけではなかったんですね。
今回はここまで。
次回は、『芋も壺も店も作ってなりわいができた』お話しです。